十数年位前、私は、どくだみ荘のようなボロアパートに独りで住んでいました。ひどい空間でして何とかもう少しまともな住環境にできないものか?と一人で悶々と思いを巡らせていたものです。
当時の私は、「自分って何だろう?」・「何故、此処にいてこれから何処に行くのだろう?」・「自分以外の世界とどう関わっていけば良いのだろう?」と、そんな疑問ばかり持ち、考え込んでいました。
思えば引きこもりに近い世界にいたのかもしれません。
それでも根拠のない意欲だけはあり、
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と考えておりまして、わりとポジティブな考え方の根は持っていたのです。だけど同時に(理想の未来《現在》ってなんだろう?)と、また堂々巡り、同じ所に行き着いてしまいます。
しかし幸いな事に当時は引きこもりになれるほど恵まれた環境にもいなかったので、目の前の生活を何とかしようと、ひたすら・・・何とか、社会と関わっていました。
どくだみ荘から脱出してからもその当時の思いはナカナカ強烈だったようで住空間に対する憧れや思いはなくなる事はありません。 |
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リフォームの仕事を本格的に始めたのもその頃でして、住空間に対する夢や思いを、 |
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という気持ちが根底にあったからではないかな、と考えています。それから、 |
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進み続けて十数年が経ち現在にいたります。
十数年間の間に実に多くの勉強をさせていただきました。色々な人たちのお世話になり、たくさんの本をよみました。そして、様々な人から建築に関する事、色々な事を学びました。その間、私が数年前に考え込んでいた疑問も、形を変えて何とか少しずつ手の届く考え方になってきたのです。
(でもよく考えてみればこういう疑問を大事に抱え込んでいるのも困り者ですよね。生きていくのに必要が無い疑問ならどこかに置いてくれば良いのにと自分でも考えます。でもそれがナカナカ出来ないのですから、まったく困ったものです。)
まず、(自分って何だろう?)という考え方が(自分は今、何をすべきなのだろう?)という考え方へ。
(何故ここにいて、これから何処に行くのだろう?)という考え方が、(ここにいるのは自分が選択してそうなった結果だから、まずそこから目を逸らさず現実を見つめよう。そして何処かに行くための選択を繰り返そう)という考え方へ。
周りの世界にとって自分は本当に必要な人間だろうか?)という考え方は、(周りの世界にとって自分は必要な人間になり
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